相手にもよりますが、許すのは簡単な事ではありません。特に、自分が愛情をもらいたいと思っている人が自分の嫌な事ばかりするような場合は、とても大変です。まずは形からと思ってやってみたら、相手のことは許して手放すイメージが浮かんだものの、そのイメージの中では自分が取り残されてしまったということもあります。取り残された自分はとても孤独です。
許せない人のことをいつも考えている状態は、自分に対して失礼なことをする状態の「その人」と自分が同じ檻とか柵の中にいて、自分がその人の事を見張っている状態です。自分にとってその人は「失礼な事」をやらかすにちがいない人で、自分はいつも警戒しています。こうなると、その人が何か違うことをやろうとしても、自分の頭は「ほら、来たぞ」と反応し行動を起こそうとします。仮にその人の事を「釈放」したとすると、今度は自分が自分で作った檻に取り残され、誰か他の「失礼な人」をみつけて檻に引っ張り込むのです。不思議な事に、後から入って来る人はもっと失礼な人の事が多いです。相手を許して手放すときは、見張っていた自分の事も許して手放し、どちらにも愛と恵みと光を送る意図をもって祈る事が必要です。相手を許しただけでは、仕事は1/3しか片付いていません。そして、檻が残っている限り、同じような人と関わり合うことでしょう。手放すことをイメージした時に孤独感を感じる人は、自分で自分の中の子供を抱きしめてあげて下さい。その子が好きな色の服を着せたり、一緒にお菓子を食べたりしてください。愛情がほしくてたまらないのです。
親への諦めの気持ち、怒りの気持ち、そして愛情がゴチャゴチャになっている時は、許すという気持ちになるのは至難の業です。それに、親を許して手放したら自分だけが取り残されるような恐怖感もあります。こういう気持ちが奥底にあると、困っている人に過剰にお世話をしてしまったり、責任のある立場になれば「コレコレをしなければいけない」という声の奴隷になって自分の楽しみは2の次3の次と後回しにし、外から自分にやってくる仕事や相談をまっている状態に身をおいて、自分で自分を柵の中に囲ってしまいがちです。許しのエキササイズを色々やってみても、許せた実感はなかなか持てません。私が試した中で一番効き目があったのは、天使に祈ってからエキササイズをした時でした。祈ってからやってみると、相手を許して自分も許せただけでなく、相手と自分を手放し、相手にも自分にも愛と恵みを送ることができたのです。柵がなくなると自分の存在のよりどころが無くなるような不安も消えました。天使の力は偉大でした。
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