本当の仕事
仕事をストレスと感じるか、楽しみと感じるかは、殆どの人にとって相対的な感覚です。何の見返りも期待せずに、それをやること自体が喜びということは殆どありません。仕事や家族の用事がだんだん増えて、自分が自由に使える時間が次第に少なくなっても、一緒に働く人達や家族が自分を理解してくれて応援してくれている、感謝してくれていると感じられる間は、大変な中にも楽しさや喜びが感じられます。でも、何かが変わって、周囲の人達から「できてあたりまえ」と思われるようになったり、批判のエネルギーを感じるようになったり、孤立無縁となった時、それまでの頑張りをささえてきた何かがプツッと折れて、その仕事が苦痛に変わります。つまり、コップに水をナミナミと注いだ時、最後の1滴をたらした瞬間に水がザっとこぼれるように、チョットした事が加わった時に、我慢の限界を超えてしまうのです。こうなってしまったら、その状況から離れる以外に、心身の健康を保つ方法はなくなります。

私たちには、自分自身の人生をしっかり経験するという責任があります。他の人の変わりに生きることはできません。自分が無償の愛に基づいて行動しているのでない場合は、自分が背負う荷物の量を常にチェックしていなければいけません。荷物が大きくなりすぎた時、あなたの神様は、あなたがその状況から離れることを促すために、多分、環境の何かを変える事でしょう。そして、あなたがプツっとなるように仕向けます。「目を覚ませ」「これでいいのか」「いったい何をやっているんだ」という声が聞こえるかもしれません。

こういう状況になった時は、その状況から離れられるか否かにかかわらず、いままで自分は何をここに望んでいたのか、どういう関係を持ちたかったのか、どんな評価や自分に対するイメージを得たかったのかと自問して、自分が望むことや欲しいものを明確にしてみましょう。何か「見返り」はあったのでしょうか?断れなかっただけなのでしょうか?断れなかったのなら、なんで断れなかったのでしょう?自分が引き寄せてしまったのでしょうか?だとしたら、何を考えて引き寄せたのでしょう?

これまで相手との相対的な関係で荷物を増やしてきていたわけで、自分の「本心」とか「無償の愛」に基づいていたのではないために、ここまで切羽詰まる前に微調整ができなかったのです。幸いに退職して離れられるのであれば、自問の答えをしっかり意識して、新しい環境でやり直しをしましょう。家族との関係のように退職するというふうにはいかない場合は、自問の答えを少しでも状況に反映する方策をねりましょう。頭は、こういう時に大きな働きをしてくれます。友人に相談するのもいいと思います。色々な望みがあるなら、一番大切なことを思って下さい。そして、それが実際の仕事や生活にあった場合のことを空想してみてください。充実感はあるでしょうか?それとも、何か違うと思うでしょうか?こうやって、その事が本当に一番大切なのかを確認してみましょう。

私たちのこの世での本当の仕事は、自分の「本心」「望んでいること」「見返り不要で行動できること」を生活の中に現してゆくことです。自分にとって一番大切な事や本当に望んでいることを常に意識して、それを毎日少しずつ創り出していきましょう。

テーマ:自分らしく - ジャンル:心と身体

【2008/03/27 18:36】 | 仕事とお金の健康
笑いの効能
セバスチャン・コンフォートという人は、「最も無駄な1日とは、1度も笑わなかった日である」と書いているそうです。毎日、「あれをやらなきゃ」「あそこに行かなきゃ」と思って暮らしていると、眉間にしわがよることはあっても笑うことはありません。一体何のために、怖い顔をしてアクセク動き回っているのでしょう。私自身も20年位前は、そんなふうだったんだと思います。しかし、今は違いますよ〜。私はこの世に人として生まれたことを、本当に感謝しています。

毎日何のために生きていると思いますか?誰か他の人のために生きているのでしょうか?そんなわけないでしょ〜。自分が今いる場所で、感じること、目に入ること、聞こえること、自分と自然、自分と他の人、という具合に、あらゆることを経験するために生きているのではないでしょうか。呼吸することだって、経験なんです。経験は相対的な関係で認識されます。自分という存在そのものがしっかりあるからこそ、周囲の人や物事や状況を、自分との距離とか関係として、つまり、相対的に感じられるのです。自分がグラグラしていたら相対的な感覚はもてず、その事や人や状況を十分に認識することはできず、つまり、生きていることを十分に体験できないということになります。

何事も自分がシッカリしていないといけません。では、どうしたらシッカリするのでしょう?一番手っ取り早い方法は、自分が心から笑える何かをみつけることです。落語でも、コメディー映画でも、子供と遊ぶ事でも、なんでもいいのです。自分が「ああだ、こうだ」と解釈しないで、心の底から笑える何かをもつことです。何で笑えるのかわからなかったら、まずは、落語のテレビ番組をみるとか、レンタルビデオでコメディーを借りてきましょう。自分が心から笑えることを探ってみましょう。

なんで心から笑うと自分がシッカリするんだと思いますか?私の答えは「そこに本当の自分がいるから」です。私たちの一人一人には、特質とか個性といわれる特徴があります。どの人にも、その人固有の「ありのままの輝き」があるのです。この輝きの中では、自分に必要な物は全て満たされていて、心も身体も健康です。というか、健康と豊かさが私たちの本当の姿なのです。心から笑える時、どの人も、この輝きを取り戻します。「笑いと治癒力」という本には、「10分間心の底から笑えば、麻酔と同じ効果を果たして、少なくとも2時間は苦痛なく休む事ができる」と書かれています。

お母さんやお父さんがいつも怒っていると、子供も笑いを忘れてしまいます。日常生活の中では、不足していることが目につきます。コップに半分水が入っている時、「半分入っている、うれしい!」と思うか、「半分しか入ってないじゃないか」と思うかで、笑顔になるか、しかめっ面になるかがわかれます。できることであれば、物事を喜びをもって見て経験して、沢山笑って下さいね。


テーマ:しあわせの素 - ジャンル:心と身体

【2008/03/20 12:05】 | 身体、心、思考、精神の健康
裁くこと、ゆるすこと
殆どの人は、毎日何かに怒ったり不平をいったり、あるいは見えてはいても認識しないようにしたりします。例えば「こんな所にゴミをすてるなんて!」「だれもロッカーを掃除しない!」等々。そして、ゴミを捨てた人や掃除をしない人のことを怒ったり批判したりします。

多分、皆さんの中にも、昔は全然掃除しなかったな〜とか、ゴミをすてたな〜と思い出す方がいると思います。何かを批判したり裁いたリする時、その気持ちの下には自分への罪悪感、劣等感、低い評価があることが多いです。仕事の手順が悪い人に腹が立つのは当然なことですが、この時に、私は未熟だとか、私はもっとしっかりしなきゃいけないとか、私は劣っているという気持ちが心や身体のどこかに隠れていると、過剰に批判をし始めます。原因の人が目の前にいる時には、懇切丁寧に「至らない点」を説明し始め、相手がうなだれて立ち直れないくらいになるまで話し続けたりします。

自分に批判する癖がある、批評が好きである、裁くことに快感を覚えるという方、ぜひ一度、なんでそうなのかと自問なさってください。同じ事を自分自身に言い聞かせていませんか?

逆に、うなだれてしまった方、その憂鬱な気持ちをしっかり感じて、こういう状況の時に人はどれほど暗い気持ちになるのかを体験して下さい。その後に、ご自身がいつも腹を立てている人を思い出して下さい。例えば、母親とか父親です。その方達は、もしかしたら、この暗い気持ちの中にいたために、あなたにひどいことをして、しかも、そうやっていることに全く気がつかなかったのかもしれません。

言う側の人も、言われて暗くなってしまった人も、自分自身を、あるいは、自分がいつも腹を立てていた人を、ゆるしてあげましょう。裁く事をやめましょう。心の中で、あるいは、直接、気持ちがわかったことを伝えてあやまって、ゆるしをもとめてみましょう。自分をゆるし、自分の事も人の事も裁くのをやめるとき、人生は大きく変わります。この世に完璧な人はいないのです。このことを完璧に知った時、すばらしい癒しがおこります。私たちは自由になり、本当の姿がわかり、心が安らかになり、自分自身を幸せにできるようになるのです。自分を大切にできるようになります。さらに、自分を尊重し、自分に愛をもって接する事で、どんな人達や場所や環境にあるべきなのかもわかります。

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【2008/03/13 15:38】 | その他
感謝のエキササイズ
夜寝る時、「今日も、いい1日だった」と思って感謝の気持ちで眠りについていますか?嫌な事や、戦いのシナリオを思いながら寝ようとしていないでしょうか?

日本は平和で物も豊富にあるのに、それは「あって当たり前」になってしまいました。本当は毎日が快適なのにもかかわらず、多くの人は、コレが足りないとか、「合格ライン」に届かないとか、何かに一生懸命ケチをつけています。安心して暮らしている人のことを、心のどこかで馬鹿にしたりもします。

幸せで活力に満ちた生活には、大切な要素があります。それは「自分らしさ」です。自分を周囲にうまく適応させることが「よいこと」といわれ、自分で何かを選んだり決めたりすることをやめた時、ある意味楽な生活を得るのと引き換えに、生活の中の笑いと喜び、そして自分のユニークさや個性を箱に押し込めてしまいます。そして笑顔が消えます。もっと困るのは、そのことに気がつかないことです。こういう方は大抵いつも不機嫌で、人を批判/評価する技術を磨き、何かあれば怒ります。怒っていられる間はいいのですが、体力・気力が落ちてくると、気が鬱ぐ(ふさぐ)という状態になります。そして生きている目的や喜びを感じられなくなります。

生きている目的、毎朝おきる目的は何でしょう?宇宙のエネルギーは形のあるものを休みなく生み出す事を喜びとしています。私たちの本来の姿も同じです。毎日、朝、起きる目的は、自分の人生という作品を作ることです。この作品は、経験という部品で作られます。退屈というのも経験です。怒りも経験です。そして喜びも経験です。どんな部品を選ぶかは、クレヨンの色を選ぶのと同じで、自分の選択です。

私たちの中から湧き出てくる宇宙のエネルギーは、私たちが毎日思い描くものを設計図にして、生み出すという仕事を行います。目の前の事から気持ちや思考を離すことができないような時は、意志の力を使って、気持ちを別の所へ持っていかなければなりません。じゃあ、どこに持っていくか?わからない時は、感謝のエキササイズをお薦めします。一生懸命やってください。
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【2008/03/06 11:47】 | 身体、心、思考、精神の健康
ヒーラー hamano


浜野登文枝(ハマノノブエ)   ブレナン・ヒーリング・サイエンス認定プラクティショナー、リコネクティブ・ヒーリングおよびリコネクション認定プラクティショナー、催眠療法士、エンジェリック・チャネラー(ACC®)、日本ホリスティック医学協会会員

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